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コラム 牧師の書斎から

2009年11月8日 小平牧生師

金曜日から一泊で役員の研修会を持ちました。限られた時間でしたので準備したすべての話はできませんが、しかし話し合いの中身や結論よりも、一緒に食事をし、風呂に入り、夜遅くまで一緒に語り合う時間が一番大切なことだと思っています。楽しい時間でした。またみなさんとも行きたいです。教会研修会もいいですね。そこでいろんな話をしましたが、食事をしながら話している中で、親や上司にどのように育てられ たか、という話になりました。家庭や職場でも、ほめられて育てられた人も入れば、しかられて育てられた人もいます。必ずしもほめることだけが良いのではないようです。そう言えば、楽天の野村監督はぼやきで 有名ですが、人を育てるのがうまい監督です。彼は「財を残すは下、仕事を残すは中、人を残すが上」と言っていますが、たしかに楽天だけではなくヤクルトや阪神でも人を育てました。その彼が「三流の選手は無 視、二流には賞賛、一流には非難」と言っているのも興味深いところです。それこそ聖書が語っているように「愛するに時があり、責めるに時がある」のです。また中日の落合監督も人を育てるのがうまい監督だと 思います。今日の新聞には、彼はこのオフはトレードによる補強はしない方針だと書いてありました。彼のやり方は、監督もコーチも一軍も二軍もすべての選手が10%アップを目指すのだそうです。これは、自分たち自身を育てるという考え方です。あたりまえのことのように思いますが、多くのチームは人を育てることよりも、目先のことを考えて他のチームから有力選手を獲得して補強しようとすることが多いのです。話を戻しますが、教会の将来は人を育てることができるかにかかっています。教会は、人が足りても足りなくてもどこからか補強するようなことは考えないし、それが牧師であっても誰か一人を万能選手のよう に頼ることもしません。神様が集められた私たち一人一人が、自分たちに与えられた力を結集していけば、主の働きは進んでいく。落合監督ではありませんが、牧師や役員や信徒のみんなが自分の信仰の10%成長をめざす。これも聖書的な発想だと、そう思いながら研修会から帰ってきました。