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コラム 牧師の書斎から

2011年2月13日 小平牧生師

ユダヤ人というのは世界中の民族の中で、決して人口が多い民族ではない。おそらく東京都の人口と同じ位ではないだろうか。彼らは、世界中の人々から愛され尊敬されているかといえば、むしろどちらかといえば変人扱いされることも多く、歴史を見ると世界中から大きな差別を受けてきた。民族が滅ぼされる危機を何度も乗りこえてきたし、なんといっても彼らは今からわずか60年余り前まで1900年にわたって国がなかったのだ。ところが、世界の政治から経済また文化を見ると、彼らの及ぼす影響は非常に大きい。大きいというより、彼らを抜きには語れないのだ。そういうユダヤ人について記された書物は山のようにあり、そこにはユダヤ人を悪く扱ったものも多くあるのだが、しかしすべてにおいて共通していることは、彼らはその信仰から生活そしてビジネスまで「原則」によって生きているということである。その「原則」はみなさんもご存じだろう。その一つは、安息日を守ることであり、もう一つは十一献金をささげること。彼らは、どんな時代でも、世界中のどこに住んでも、彼らは安息日を守り、十一をささげてきた。それは「原則」だから、自分の状況や気分によって変わることはない。

私たちクリスチャンというのはユダヤ人以上に聖書の原則に生きるものである。中には原則と律法を混乱している人がいる。はたから見れば律法的と思われるかもしれないが、安息日を守り、十一献金をささげる原則に生きる人は、現実に祝福された人生を送っている。それに対して、自由なようには見えていても原則を持っていない人は、受けるべき祝福を失っている。神が与えた原則によって生きるなら私たちは祝福を受ける。