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コラム 牧師の書斎から

2011年6月26日 小平牧生師

暑い日が続くようになりました。みなさんの健康は守られているでしょうか。被災地の方々のためにも、続いて祈りましょう。

さて、今日はある記念日です。それは、日本におけるプロテスタント教会の迫害の日です。その当事者は、私たち成増教会の前身である旧きよめ教会です。今から69年前の1942年6月26日、きよめ教会62名の牧師以下合わせて124名が治安維持法によって逮捕され教会は解散させられました。そして7名の牧師が獄中で殉教しました。

なぜこのことを書こうと思ったかと言えば、最近のいわゆる「君が代」起立条例のことです。大阪府知事はこれをあまりにも単純に教職員の規律の問題としています。そして従わない者を「社会常識に従わない者」として、会見で「宗教的な良心によってできませんという人は、その仕事をやめるべきだ」と言っています。この考え方は危険です。私たちの教会はこの考え方で迫害を受け弾圧されたのです。「君が代・日の丸」が歴史上果たした役割や、そのために生じている思想信条についてはキリスト教会にも様々な考え方があります。しかし、思想に対する攻撃はやがてエスカレートします。それは歴史が示しています。私たちは経験しているのです。その時には、日本の多くの教会はきよめ教会を切り捨てて、天皇礼拝を続けたのです。

私たちは、それが日本の社会儀礼と言われても、キリスト以外を礼拝しません。なぜなら私たちのためにいのちを捨ててくださった方だからです。しかし、その時には仕事をうばわれ生命を取られます。でも私たちにとってはそれでもかまいません。殺されても次の瞬間はイエス様のふところです。しかし、そのような社会を造ってはいけません。想定外は、災害だけではなく、迫害にもあります。