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コラム 牧師の書斎から

2014年11月2日 小平牧生師

ジャン・バニエという人が「共同体ーゆるしと祭りの場」という本の中で、「教会の交わりが深まれば深まるほど、そのメンバーはあやうさと感じやすさを持つようになる」ということを書いています。このことは分かりにくいかもしれません。ふつうに考えると私たちはメンバーが互いに交わりを深めるとその関係はますます力強くなっていくと考えますが、しかし実際は反対に、人間は愛すれば愛する関係になるほど結果として互いに傷つけあうようにもなるということなのです。

日本でもっとも大きな教会の先生が、牧師のセミナーで次のように言われました。「私の教会では牧師が参加しない集まりや小グループは許可しない。なぜなら、そういう交わりで人々が傷ついたり、ある場合はそこで教会の批判が語られるからだ。」その先生の言わんとすることはある意味で分かります。そういう意味では極論を言えば、傷やつまずきが起こらないようにする方法は、人々が礼拝に集まるようにしてそれ以上の交わりはしないようにすることです。その先生の教会はすばらしい説教と一流の音楽で有名です。会衆はそれによって恵まれて帰ります。しかし私はそれが教会とは思いません。それは単なる集会です。

たしかに交わりは大変です。そこにはいつも躓きやら傷やら問題があります。実際に私たちの教会でもセルのリーダーは傷つくことを経験します。しかし関係を築くということはそういうことなのです。もう少しわかりやすく言えば、「世界で一番大変な交わりは家庭である」ということです。人は家庭でつまずいたり傷ついたりするからです。そして親はその非難や傷をまともに受けなければなりません。しかし同時に世界で一番大切な交わりは家庭です。なぜなら人はそこで愛され、育てられるからです。また、相手によって傷つけられない夫婦はいません。しかし傷つく経験なしに夫婦の成長はありません。私たちは傷つくのも愛されるのも同じ交わりにおいてです。傷つくことを恐れてはなりません。逃げてはいけません。交わりを避けてはなりません。たしかに傷つくことは辛いです。しかしそれでいいのです。それでいいのです。その交わりの中に神様はおられます。