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コラム 牧師の書斎から

2018年1月14日 澤村信蔵

「自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい…自分の宝は、天にたくわえなさい…あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。」(マタイ6章19~21節)

いかに富を得ようかと一生懸命な人は多いですね。この地上の富をいかに獲得するかは大切なことです。お金で全てのことが出来るわけではありませんが、お金があれば大抵のことは解決することが出来るからです。でも、本当に大切なのは富をどれほど獲得するかではなく、その与えられた富をいかに生かすか、いかに用いるかです。

アンドリュー・カーネギーは一時アメリカにおける鉄鋼をほぼ独占し、最大の富豪の一人となった人ですが、彼はこんな言葉を残しています。「富豪でなければ味わえない満足と、幸福がある。」そう言われると一度富豪になって味わいたいものですね。でもこの言葉には続きがあります。「その幸福とは、自分が生きている間に、公益を目的とする財団法人を組織し、そこに基本財産を寄贈することである。そしてそれが生み出す利益が、社会を潤し続ける状況を自分の目で確認することである。そのような行為が、富豪の生涯を高尚なものにし、神聖なものにすることができる」当然生活に必要な資金は要ります。でもそれを超えて与えられた分は神様から運用を託されたお金なのです。そして、それは用いてこそ意味があるのです。

富に生かされる生き方は、時に虚しいものになります。自分の富だけを獲得しようとして多くの人に悲しい結果をもたらす人もいます。私たちは、富に生かされるのではなく、富を生かすものとなりましょう。その為にもこの年、多くの富を求めましょう。そして、与えられた富を生かしていくのです。