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コラム 牧師の書斎から

2019年10月6日 澤村信蔵

「この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」(使徒の働き4章12節)
 先日、異端についてのセミナーに参加しました。少し遅れて到着したのですが、入り口に警察官が居て物々しい感じでした。異端だと認定された人たちが、自分たちは異端ではないと言い、抗議活動をしようとして警察が呼ばれたようです。異端だと認定されることに非常に過敏になっているようでした。でも、そこまで必死にされている姿を見て、異端にはまる怖さも感じました。異端には、いくつかの特徴があって、よくあるのは時代を3つに区切るということです。旧約聖書 父なる神の時代 律法の時代があり、新約聖書 御子イエスの時代 恵みの時代があります。ここまでは私たちも同じなのですが、さらにその続きがあって、今の時代、再臨の主の時代があるというのです。そして、その再臨の主こそ、自分たちの教祖となるのです。非常に巧妙にできているので、ある教団では、神学校教育をきっちり受けたはずの牧師までもが異端に流れてしまったそうです。そういう意味で私たちも気をつける必要があると思います。異端から守られるためには、最も大切なことは、自分が主イエスによって救われているという救いの確信をしっかり持つということです。異端は、間違いなく主イエスを否定します。もしくは、主イエスの座に教祖である自分が着こうとします。でも、私たちのために死んでよみがえってくださったお方は主イエス以外にはないのです。私たちはこの主を信じていきましょう。