ここからコンテンツ

コラム 牧師の書斎から

2021年6月20日 澤村信蔵

 「安息日に律法にかなっているのは、善を行うことですか、それとも悪を行うことですか。いのちを救うことですか、それとも殺すことですか。」 (マルコ3:4)

緊急事態宣言が解除されました。といっても、明日からまん延防止等重点措置へと移行されます。飲食店等にはまだまだ自粛の要請がなされると思います。 私たちの教会では、これからも共に集い一緒に礼拝をささげていきたいと願っています。それは、決してこの新型コロナという病を過小評価しているからではありません。また、パリサイ人たちのように、義務で礼拝を守っていこうとしているからでもありません。礼拝において共に集うことにより、いのちを救うことが出来ると信じるからです。私たちは日曜ごとに、安息日の主、いのちの主を経験しています。そのためには神の共同体が必要なのです。それは、私たちが交わりを通して神を体験するからです。 新約聖書には、「互いに」という言葉が何度も登場します。「互いに愛し合い」(ヨハネ13:34)、「互いに受け入れあい」(ローマ15:7)、「互いに訓戒し合い」(ローマ15:14)、「互いに仕え合い」(ガラテヤ5:13)、「互いに親切にし」(エペソ4:32)、「互いに人を自分より優れた者と思い」(ピリピ2:3)、「互いに赦し合い」(コロサイ3:13)。これらを「互いに」実行するには神の共同体が必要です。その共同体の中で愛を行うことで私たちは神のいのちを体験できるのです。

自分のいのちを、また互いのいのちを救うために、私たちは共に集い続けていきましょう。