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コラム 牧師の書斎から

2021年8月8日 澤村信蔵

 「ああ、渇いている者はみな、水を求めて出て来るがよい。金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買え。代価を払わないで、ぶどう酒と乳を。…わたしによく聞き従い、良いものを食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づく。耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。」(イザヤ55章1~3節)

 暑い日が続いていますね。コロナも気をつけないといけないですが、熱中症にもくれぐれもお気をつけください。特にクーラーのもとにあると、身体は渇いているのですが、渇いていることに気づかないことがあります。だから、定期的に水分をとるなどの工夫が必要です。肉体の渇きもそうですが、もっと深刻なのは心の渇きです。神様は、渇いている者は、水を求めて来いと言われます。でも、心の渇きも案外自分では気づいていないのです。そして、気づいた時には、自分ではもう起き上がれない状況になってしまうのです。だからこそ、渇きを満たしてくださる神様の前にいつも出る必要があるのです。自分で渇いていると感じている時だけでなく、そう感じていなくてもです。しかも、私たちの神は「金を払わないで」「代価を払わないで」と無償で私たちに必要なものを与えてくださるのです。イエス・キリストという代価を私たちのためにすでに支払って、十字架の救いを完成してくださっています。あとは、この救いを私たちは今日もただ感謝して受けとるだけです。「耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。」(3節)今日も私たちの心の渇きを満たしていただくために神の前にともに出て行きましょう。