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コラム 牧師の書斎から

2022年4月3日 澤村信蔵

三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。(マタイ27章46節)

 今週は、受難週です。イエス様は十字架の上で7つのことばを語られましたが、その中でも、一つ理解しにくい言葉があります。それが冒頭の言葉です。「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになってのですか。」となぜイエス様が叫ばなければならなかったのでしょう。ある人は、これは、詩篇22篇の冒頭の言葉を引用されているので、この言葉の後には、22篇のすべての言葉があると言います。そして、22篇の最後のように主をほめたたえていると解釈します。でも、私はやはりイエス様は文字通り見捨てられた苦しみを叫ばれたのだと思います。そしてそれは本来私たちが叫んでいた言葉でした。もしイエス様がおられなかったら、私たちは自分の罪のために裁かれたはずです。でも、きっとその裁きに納得など出来ず、神様に恨みつらみを言っていたでしょう。なんで私を見捨てるんだって・・なんで私を裁くんだって。でも、神は、その罪を全部イエス様が裁かれてくださったのです。イエス様の立場に立ったらなんで私が見捨てられないといけないんだと叫んでも当然です。でも、イエス様はそのことを裁きつつも、引き受けてくださったのです。十字架以外の道を選択されなかったのです。人がその友のためにいのちを捨てるこれより大きな愛はありません。私のためにいのちを捨て、神に見捨てられる道を選んでくだったイエス様に心から感謝しましょう。