コラム 牧師の書斎から
年老いてなお人を祝福するヤコブ
2023年9月17日 澤村信蔵
ヤコブはファラオに答えた。「私がたどってきた年月は百三十年です。私の生きてきた年月はわずかで、いろいろなわざわいがあり、私の先祖がたどった日々、生きた年月には及びません。」 ヤコブはファラオを祝福し、ファラオの前から立ち去った。(創世記47章9~10節)
今日は、敬老祝福礼拝です。メッセージの中でも語っていますが、神様は最後の最後まで私たちがやるべきことを教えて下さっています。その一つが、賛美することです。今日もともに主を賛美していきましょう。また、神のすばらしさを語ることです。与えられた恵み、この福音を伝えていくのです。そして、もう一つあげるとすれば、それは祝福することです。創世記の最後に年老いたヤコブの姿が描かれています。彼は自分の人生を振り返っておおくのわざわいがあったと語りました。確かにそうですね。主の祝福を求めたのですが、いつも何か課題がありました。兄弟エソウとの確執、父ラバンとの確執、妻であるレアとラケルの確執、ヨセフとその他の息子たちの確執、人間関係でこんなに苦労した人もないほどです。そんなヤコブが最後にしたこと、それは、祝福です。当時の最強国エジプトの王ファラオを祝福し、自分の子供たちを祝福し、ヨセフの子 マナセとエフライムを祝福するのです。年を重ね、弱く、また多くのわざわいを通ったヤコブがなぜ、人々を祝福できたんでしょうか?それは、祝福が神から来るからです。神から来るから、自分がどうあろうともどんな人にも、大胆に祝福できるのです。私たちは、神の恵みと祝福を受けた者です。だからこそ、後に続く人を祝福していきましょう。



