コラム 牧師の書斎から
神の計画は平安と希望を与える
2026年3月8日 澤村信蔵
わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──主のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。あなたがたがわたしに呼びかけ、来て、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに耳を傾ける。(エレミヤ29章11〜12節)
私たちは、来週総会を迎えます。様々な計画を立てます。でも、大切なことは、私たちの計画を実はよくわかっていません。だから、計画を立ててもうまくいかないことがあるのです。私たちが目を向けるのは、神様が私たちのために立てていてくださる計画です。その計画は、わざわいではなく、平安を与え、将来と希望を与える計画です。平安とは、「シャローム」ですが、なんの欠けもないと満ち足りたという意味です。そこは繁栄も含まれます。神様は私たちのために素晴らしい計画を用意してくださるのです。でも、ここで具体的に言っている計画は、バビロン捕囚のことです。神が彼らのために立てている計画は、バビロンに連れていかれて、そこで70年間奴隷となって生きる計画だったのです。だからわざわいではなくと注釈がついているのです。どう見ても、平安とは思えない計画です。でも、神はそのことを通して、ユダの人々が悔い改めて、まことに主を求めるようになることを知っておられたのです。私たちにはわざわいに見えなくても、神の計画は最後には必ず平安が与えられるものなのです。私たちは自分に与えられている神の計画に目を留めましょう。そして、神に従っていきましょう。



