コラム 牧師の書斎から
頑なな者にもなお恵みを与える神
2026年3月15日 澤村信蔵
それゆえ主は、あなたがたに恵みを与えようとして待ち、それゆえ、あわれみを与えようと立ち上がられる。主が義の神であるからだ。幸いなことよ、主を待ち望むすべての者は。 (イザヤ書30章18節)
先週、日々の聖書日課の中で読んだ箇所の一節前に書かれていた箇所です。日課を読む中で、この言葉に目が留まりました。イザヤ書30章は、神さまに全く従おうとしない頑な民の姿が描かれています。「主はこう言われた。『立ち返って落ち着いていれば、あなたがたは救われ、静かにして信頼すれば、あなたがたは力を得る。』しかし、あなたがたはこれを望まなかった。」(15) 神様に信頼すれば救われ力を得るのです。この言葉は真理ですね。にもかかわらず、望まず、神により頼もうとしないイスラエルの民の姿があるのです。そういう彼らを見て、語られたのがこの言葉です。彼らの姿を見て「それゆえ」というのです。従おうとするから、「それゆえ」ではないのです。従おうとしない、頑なな彼らを見て、神は「それゆえ」と言われる。頑なだからもう見捨てるのではなくて、そういう彼らだから、さらに神は恵みを与えられるのです。あわれみを与えようと立ち上がられるのです。私たち人間の罪深さをもはるかに凌駕するのが神の恵みなのです。私たちはこの恵みによって救われているのです。頑なであってもなお救おうとする神が今日も待っていてくださるのです。この主に期待をして、私たちは今日も主を心からあがめて礼拝をささげましょう。



