コラム 牧師の書斎から
まず神に従うとき祝福が与えられる
2026年5月31日 澤村信蔵
「万軍の主はこう言われる。『あなたがたの歩みをよく考えよ。山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。そうすれば、わたしはそれを喜び、栄光を現す。』」 (ハガイ1章7、8節)
先日の聖書を読む会ではハガイ書をよみました。ハガイ書は、近隣諸国からの様々な妨害の後、神殿建築を中断していたイスラエルの民に、建築を再開するようにと語られた言葉です。
当時、イスラエルの民は神殿建築が出来ない様々な言い訳をしていました。自分たちの家もまだないのに、神殿など建てられない。収穫が少ない、食料が不十分、ぶどう酒不足、着る物がない、労働が空しい。結局、神様が必要なものを与えてくださらないからできないのだと言っていたわけですね。私たちも神様に従えない時、いろいろな理由をつけているかもしれません。 でも、神が言われることは非常にシンプルです。あなたがたがわたしに従わないから祝福がないのだと。「山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。」「わたしはそれを喜び、栄光を現す。」神を信じて今やるべきことをやれば、神の祝福が与えられるのです。
鶏が先か卵が先かではありませんが、祝福されないから従えない、と思うのは順序が逆です。従うなら、神の祝福はあるのです。まず、神の祝福を求めて神に従いましょう。そうすれば、必ず神がそれを喜び、栄光を現わしてくださるのです。



