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コラム 牧師の書斎から

2018年12月9日 澤村信蔵

先週の日曜日から、アドベント(待降節)に入りました。クリスマスが来るまでの間に、大掃除をしたり、飾りつけをしたりバタバタ忙しく動き回ります。でも、当時に心を落ち着けて待つ時間が本当のアドベントです。そして、「アドベント」には、「待つ」という意味の他に「向こうからやってくる」という意味があります。びっくりするようなことが向こうからやってくるのです。そして、このアドベントという言葉から「アドベンチャー」という言葉ができました。「冒険」という意味です。言うなれば、アドベントは「待つ」だけでなく、心ワクワクする「冒険」でもあるのです。
ユダヤの人たちは何百年もその時を待っていました。「ひとりのみごりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちのために与えられる」(イザヤ9章6節)とあるように、ユダヤの人たちは長い間メシヤの誕生を待っていました。当然、待っていてもその前に死んでしまった人も沢山います。「もう来ないのでは」と疑ったり、あきらめたりした人もいたと思います。でも、神のみ言葉を期待して、待ち望み自分の生涯を全うした多くの人たちもいたのです。神の言葉は必ず成就するのです。主イエスは、ひとりのみどりごとして生まれました。また、神のひとり子として私たちに与えられたのです。
「待つ」ことは、何もしないで、ずっといるということではありません。そのことを信じて「冒険」することではないでしょうか。そして、今私たちは、主が再び来られる日を待ち望んでいます。そして、その日を待つというだけでなく、その日が来るからこそ、今日という日も主のために冒険をしていくのです。