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コラム 牧師の書斎から

2020年10月25日 澤村信蔵

「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神がご自分を求める者には報いてくださる方であることを、信じなければならないのです。」(ヘブル11:6)
 まことの神を信じる信仰の定義がここに記されています。私たちが信じていることの第一は、神がおられることです。日本では神ということばがいろんなことに使われます。何かすごい才能を持った人がいたら、その人を神と呼んでしまいますし、かつて流行った歌のようにトイレにまで神がいるほど、どこにでも神はいると言われています。でも、ここでいう神は、そんな人と変わらない神や、どこにでもいるような神ではなく、人知を超えた絶対的な神です。実は、この偉大な神の存在を信じている人は多くいます。神を信じることは科学的でないと思う人もいますが、世界の原理をとことんまで突き詰めていく科学者の多くは、偉大なる存在(サムシング・グレートと呼ぶ人も)を認めざるを得ないという認識を持っています。でも、まことの神を信じるとはそれだけでは不十分です。この偉大な神が、私と個人的にかかわりを持ち、私に良いものを与えてくださる方であると信じるのです。簡単にいれば、神が私を愛していると信じることです。ただこれは、人間の知恵だけでは達することができない領域です。だからこそ、神はイエス・キリストを私たちに与え、私たちを救うために十字架につけられたのです。イエスを通して偉大な神に私は愛されていることを信じること、これが私たちの信仰なのです。