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コラム 牧師の書斎から

2023年4月30日 澤村信蔵

 人々は彼女に「あなたは気が変になっている」と言ったが、彼女は本当だと言い張った。それで彼らは「それはペテロの御使いだ」と言った。だが、ペテロは門をたたき続けていた。彼らが開けると、そこにペテロがいたので非常に驚いた。(使徒12章15~16節)

 祈りは、私たちの信仰生活にとって最も大切なものの一つです。「正しい人の祈りは、働くと大きな力があります。」(ヤコブ5章16節)とあるように、私たちの信仰、私たちの正しさは、祈りがきかれることと密接に関係があります。でも、この使徒の働き12章を見ると、必ずしもそうではないことがわかります。この時、迫害にあい、ペテロが捕まりました。教会は彼のために、熱心な祈りを神にささげていました(5節)。当然、解放されることを祈っていました。でも、実際にペテロが神様の不思議なわざによって解放されたら、そのことを伝えたロデという召し使いに「あなたは気が変になっている」と言うし、ペテロがいること自体を非常に驚くのです。祈ってはいるけれど、実現するとは信じていなかったのです。私たちもありますよね。真剣に祈っているんだけど、心の中では信じ切れていない。では、そういう祈りは聞かれないのでしょうか。そんなことはありません。彼らの祈りにも主は耳を傾けて下さるのです。「主がどのようにして自分を牢から救い出してくださったか」(17節)とペテロが述べたように、救い出してくださるのは主だからです。主の御心であるなら道は開かれるのです。私たちは信仰を持って祈りましょう。同時に、信じ切れなくても祈りましょう。主はそれでも働いてくださるのですから。