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コラム 牧師の書斎から

2011年7月17日 澤村信蔵師

ある方と毎週聖書の学びをしています。といっても、学びというよりはいろいろと雑談しながら、一緒に聖書のみことばから答えを見出そうとしていると言った方が適切かもしれません。その中で、どうして同じ失敗を繰り返す人がいるのかということを話しました。一度や二度の失敗は自分もしてしまうし、実際にその少し前に仕事で失敗をしました。でも、もう一度失敗しないように、次からは気をつけるのに、同じ失敗を繰り返す理由が分からないというのです。能力的にどうしようもないということもあるでしょうが、本当の意味で、自分が悪かったということ認識していないからだと思います。「もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。」(Iヨハネ1:8)罪があってもないと自分を欺いているから、また繰り返すのです。

でも、同じ失敗を繰り返す人はいます。先日も与謝野馨経済財政相は、今でも原発推進の立場を崩していません。そして、15日の記者会見で、原発のリスクへの反省がないのではとの質問に「そう思っていただいて結構だ」と語ったのです。今原発で、多くの人の生活が無茶苦茶になり死を選ぶ人さえもできている現状を見て、反省がないと言えるとしたら、また同じ失敗を繰り返してしまうのではないでしょうか。しかし、本来原発の事故のような悲惨な出来事であれば、罪を認めることはそう難しいことではありません。少なくない人が自分のしてきたことが正しかったかという光を当てて反省の言葉を述べています。しかし、日常のわずかだと思える出来事に対して、罪を認めることはたやすいことではないかもしれませんが、罪を心から認め告白する時、神が赦しを与えてくださるのです。前述の彼は、その失敗を誰にも見つかる前に、上司などに告白して、大いなる赦しを得ることが出来ました。私たちも日々豊かに赦されて生きるものとなりましょう。