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コラム 牧師の書斎から

2020年8月23日 澤村信蔵

「この終わりの時には、御子にあって私たちに語られました。…御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。」ヘブル1章2~3節
 私たちの信仰の歩みにおいて、「なぜ、こんなことが」「どうして」という出来事が起こります。そんな時、私たちはどうすればいいのでしょうか。私たちは理由や原因を、自分の内に、人々の内に、環境や状況の内に探し始めます。しかし、私たちはそれによって解決や心の平安を得ようとするのではなく、そのような時こそ、主の語りかけを聞き、主の変わらないご性質に目を留め、思い巡らすことをしていくことが必要です。「御子によって、私たちに語られる」とありますが、イエス様ご自身は御言葉なるお方ですから、「御言葉」によっていつも主は語っておられます。そして、イエス・キリストは、「神の本質の完全な現れである」と書かれています。このお方にすべての答えがあります。すべての解決があります。すべての勝利があります。今の世界、万物を保っておられるのも、人間には出来ない罪のきよめを成し遂げたのも、このお方だけです。「右」とは、力や権威を示します。すでに「右の座に着かれた」お方、イエス・キリストがすべてを支配しておられる全能の神であることを私たちは絶えず認め、告白することが大事です。日々、御言葉を通して語ってくださる、イエス様の語りかけに耳を傾けるとともに、イエス様がすでに成し遂げて下さった御業に心からの感謝をささげていきましょう。