コラム 牧師の書斎から
2025年4月6日 澤村信蔵
キリストがあなたがたのうちにおられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、御霊が義のゆえにいのちとなっています。イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリストを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられるご自分の御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだも生かしてくださいます。(ローマ人への手紙8章10~11節)
先週、葬儀を執り行いました。人の死を目の前に見る時、いつも思うのは、今生かされている私自身も、主の再臨が後になれば、必ず死ぬということです。私たち例外なく、皆死ぬべき体、朽ちていく体を持っているからです。それは、最初の人、アダムの罪にさかのぼります。「しかし、善悪の知識の木からは、食べてはならない。その木から食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」(創世記2章17節)と言われたのにも関わらず、その実を取って食べた時から、人は死ぬものとなりました。私たちに、罪と死が入って来てしまったのです。でも、私たちには希望があるのです。それは、この「死ぬべきからだ」をもって生まれてきた私たちのために、キリストが、十字架による贖いを成し遂げて下さって、よみがえってくださったからです。このキリストを救い主と信じ受け入れる時、救いが与えられ、よみがえりのいのちが与えられるのです。私たちの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。今日もこのいのちに生かされていることを感謝しましょう。そして、このよみがえりの主をほめたたえましょう。



