コラム 牧師の書斎から
2025年5月11日 澤村信蔵
私のたましいは黙ってただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。(詩篇62篇1節)
皆さんは待つことが得意ですか?待つことの成否で人生が大きく分かれてしまった人たちがいます。最初の王、サウルは、待つことに失敗した人でした。サムエルが7日間待つようにと言われたのに、最後の最後で待つことが出来ず、自分で勝手にいけにえをささげ、サウル家の家系はその後王になれなかったのです。逆にこの詩を歌ったダビデは、待つことで勝利をした人です。ダビデは、嫉妬にかられたサウルにいのちを狙われました。それでも、サウルに反逆することはせず、逃げました。そして、サウルのいのちを取れる機会を2度も与えられましたが、サウルのいのちを奪うことはしなかったのです。ダビデにとって「待つ」ということは、「黙る」ことでした。神様に対しては祈り口を開きますが、人にはつぶやかずに疑わずにひたすら黙って待つのです。彼にとって待つこと、それは、「神を待ち望む」ことでもありました。それは、神に期待することです。神様は必ず期待に応えてくださるからこそ待つことが出来るのです。そして、同時に、神様への全幅の信頼があります。神の時が来れば、必ず自分は救い出されるという信頼です。そのダビデの信仰に応え、ダビデを救い出してくださっただけでなく、ダビデ王家が起こされ、イエス・キリストへのつながるのです。待つ者には、神の救いが必ずやってくるのです。皆さんはどうでしょうか?黙ってただ神を待ち望んでいきましょう。



