コラム 牧師の書斎から
2025年7月13日 澤村信蔵
明日のことを誇るな。一日のうちに何が起こるか、あなたは知らないのだから。(箴言27章1節
私たちは人生にいろんな計画や夢を抱きます。聖書にはビジョンを持つことの重要性が繰り返し記されています。でも、その計画を私たちは、案外今の延長線上で考えてしまいます。昨日と同じ今日が、また、明日が来ると思って計画を立てます。でも、実際には、明日何が起こるか、いつまで生きることができるかは、私たちには分からないのです。もし、明日があるとするならば、それは自分で得たものではなく神から与えられたものであることを、自覚することが大切ではないでしょうか。私たちがどんなに自分で努力を重ね、夢に向かって前進していったとしても、命を支えてくださっている神を無視して生きるならば本末転倒なのです。イエス様は言われました。「あなたがたのうちだれが、心配したからといって、少しでも自分のいのちを延ばすことができるでしょうか。・・ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります。」(マタイ6:27)私たちは、どれだけ心配しても、明日何が起こるかわからないし、いのちでさえも少しでも伸ばすことも出来ません。明日いのちがあるかないか・・それは主が許してくださるかどうかです。今日の一日は、主が与えて下さった一日です。この一日をどう使いますか?神によって与えられた今日という日、自分に与えられた使命を行いましょう。



