コラム 牧師の書斎から
2025年7月27日 澤村信蔵
イスラエルよ。どうしてあなたを見捨てることができるだろうか。…わたしの心はわたしのうちで沸き返り、わたしはあわれみで胸が熱くなっている。(ホセア11章8節)
昨日、聖書を学ぶ会でホセア書を一緒に読みました。ホセアという預言者は、神様にとても奇妙な命令を与えられました。「行って、姦淫の女と姦淫の子らを引き取れ。」(1:2)姦淫の女(ゴメル)が、既に姦淫にふけっていた女という意味なのか、これから姦淫をする女なのかはわかりませんが、どちらにしても、好ましい命令だという人はいないでしょう。しかも、このゴメルは、3人の子を産んだのち、どこかへ行ってしまいました。そして、だまされたのかわかりませんが、最後には借金をつくって身を売っていたようです。そんな時、もう一度神の声が語られました。「再び行って、夫に愛されていながら姦通している女を愛しなさい。」(3:1)自分が愛していたのにも関わらず、裏切って他の男の所にいったゴメルを、銀十五シェケルと大麦で買い取るのです。非常に奇妙な命令ですが、これは、神とイスラエルの関係を表しています。神に愛されているのに、裏切り、他の神を礼拝するイスラエルの民。それでも、神は愛することをやめないのです。見捨てられない、あわれみで胸がいっぱいだと叫ぶのです。ホセアに、姦淫の女と言われるゴメルとの結婚生活を送らせることによって、神の変わらない愛がどれほど大きいのかを教えようとされているのです。私たちの神は、今日も、私たちがどうあろうとも愛してくださる神です。私たちはその神にどう応答しますか?



