コラム 牧師の書斎から
2025年8月10日 澤村信蔵
私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。神を愛する者は兄弟も愛すべきです。私たちはこの命令を神から受けています(Ⅰヨハネ4章19~21節)
イエス様の生涯を読むと、いつも気づくことは、まずイエス様の方から近づいてくださるという事実です。一人の見放されたサマリヤの女と出会ってくださいました(ヨハネ4章)。ザアカイにもイエス様から声をかけられました。主が、人々に近づいてくださる箇所を読むと、どれも恵みに満ちています。何よりも恵みなのは、神がキリストを通して私たちに近づいてくださることです。神が近づいてくださるのは、私たちが神に近づこうと努力をしたからでも、私たちが良い人になったからでもありません。ただ、一方的に神が愛してくださったのです。この姿を私たちは見習いたいのです。神は、私たちをまず愛するという道を選んでくださいました。でも、私たちは、案外自分から人に歩むよることの難しさを覚えます。何か自分から近づいていくことは、自分が損しているかのように思うのです。でも、私たちの主は、私たちに歩みよってくださいました。それによって、愛を知ったのです。とすれば、愛を知った私たちも、私たちの方から相手に歩み寄っていこうではありませんか?神を愛するから、いや神に愛されたからこそ、私たちは兄弟をも愛していくのです。



