コラム 牧師の書斎から
2025年8月17日 澤村信蔵
「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。」(マタイ5章9節)
終戦から80年の時がすきました。この80年日本においては、戦争がなかったことは幸いです。でも同時に今も戦争の中にあって、苦しんでいる方々がいることを私たちは忘れてはいけません。そして、聖書によれば「平和」は、ただ戦争がない状態だけではありません。もっと積極的な意味を持つものです。その中心は神との平和を土台とした互いの平和の状態です。私たちの置かれた場所に、喜び、赦し、癒し、尊重、感謝があるということです。そういう意味で言うならば、私たちの現実は、平和のない状態、不和の状態です。不満、苛立ち、言い争いがあります。また、人を責める言葉で満ちています。何故この世界に戦争があるのでしょうか。何故私たちの家庭に不和があるのでしょうか。それは、突き詰めていけば人間の罪の問題です。アダムが神に背いた結果、アダムとエバの間に不和が生じたように、罪があるところには、不和があるのです。そういう中にいる私たちのために、イエス様は、この地上に来て、十字架にかかり、神との平和を与えてくださったのです。すべての犠牲を払って、平和をつくり出してくださったのです。そして、その愛を知った私たちは今神の子どもとされたのです。多くの人が、平和であることを望みます。でも、私たちはそれを超えて、平和をつくる者としてここから遣わされていきましょう。



