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コラム 牧師の書斎から

2025年9月14日 澤村信蔵

あなたがたに言います。それと同じように、一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。(ルカ15章7節)

朝の祈りの中で教会から長い間、離れている人のこともともに祈っています。ルカの15章には、「見失った羊」のたとえが記されています。「見失った羊」は、わざと一人になろうとしたわけではありません。ただ、目の前の草のことに夢中になり、迷い出たのです。気づいた時には、自分がどうやったら羊飼いのもとへ戻れるのか、自分がどこにいるのか、全く分からなくなってしまったのです。教会から離れてしまった人も、いろんな理由があると思います。目の前の仕事や育児や家庭の状況、問題でいっぱいいっぱいになっているうちに、迷い出てしまったのです。ただ、帰り方がわからないのです。

でも、羊飼いは探し求めてくれました。なぜ羊飼いは、探したのでしょう。それは、見失った羊が他の誰にも代えられない価値があるからです。教会は、数が大切ではありません。ここに集っているお一人ひとり、また、集っているはずのお一人ひとりが大切です。そして、その人がもう一度教会に戻ってくる、主とともに生きるように回復することは、私たちの喜びであるとともに、天で大騒ぎをするくらいの喜びがあるのです。私たちは、今日もこの主の交わりから離れてしまった大切な一人ために祈りましょう。