コラム 牧師の書斎から
2025年9月21日 澤村信蔵
私もまた、あなたがたのために祈るのをやめ、主の前に罪ある者となることなど、とてもできない。私はあなたがたに、良い正しい道を教えよう。(Ⅰサムエル12章23節)
今日は、敬老祝福礼拝です。年を重ねるということは、本当にすばらしいことですね。神様の恵みを知ることが出来るからです。私たちは生まれた時、全く無力な存在でした。でも、一つ一つ出来ることが増えていき、成長していきます。さらに、人間関係においても成長します。幼い時はただ与えられるだけでしたが、今度は、自分が与える側、育てる側になっていきます。しかし、晩年になると、その与えられた役割が終わっていきます。では、最後に残るものはなんでしょうか。サムエルは、預言者として活躍しましたが、年を重ね、自分の息子たちは神に逆らい、ある意味で、民から見切りをつけられ、他の国のように王を立ててくれと迫られました。そして、サウル王が選ばれた後、最後の遺言とも言うべき言葉がこの12章に書かれています。その中で彼が最後の最後までしていたこと、それは祈りです。この祈りだけはやめられないというか、やめて罪ある者となれないとまで言っています。サムエルにとって、祈りは自分の生涯の最後の最後までやるべき与えられた使命だったのです。敬老の方々もいろんなものは後の人に譲ることがあるでしょう。でも、最後の最後まで祈りの使命はあるのです。この使命に生きる者とさせていただきましょう。



