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コラム 牧師の書斎から

2025年10月26日 澤村信蔵

 人の語ることばをいちいち心に留めてはならない。しもべがあなたをののしるのを聞かないようにするために。あなた自身が他人を何度もののしったことを、あなたの心は知っているのだから。(伝道者の書 7章 21〜22節)
 朝の祈り会で、使徒の働きを読んでいますが、パウロは、完全ないいがかりともいうべき訴えを祭司長はじめユダヤ教の指導者から受けます(使徒24章)。いわれもないことを言われることほど腹が立つことはないですね。すぐに感情的に反応しそうになります。でも、パウロは非常に冷静に対処するのです。それは、冒頭のみことばにもありますが、自分自身もそういう弱さを持っていることを知るからです。私たちにも他人を何度もののしった経験はあるのではないでしょうか。だとしたら、ののしっている言葉が、どれほど不確かで、根拠もない言葉かということを知っているのではないでしょうか?私たちは人の語ることばをいちいち心に留める必要はないのです。
 そして、もっと大切なことは私たちの主を見上げることです。「ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、脅すことをせず、正しくさばかれる方にお任せになった。キリストは自ら十字架の上で、私たちの罪をその身に負われた。」(Ⅰペテロ2:23~24)私たちの主は、ののしりかえすことをせず、正しくさばかれる方に任せて、十字架へと進んで下さったのです。私たちが見上げるお方は、このようなお方です。私たちもイエス様を見上げて、人の語る言葉に心と留めないで生きていきましょう。