コラム 牧師の書斎から
2025年11月23日 澤村信蔵
おまえは、自分がしたように、自分にもされる。おまえの報いは、おまえの頭上に返る。(オバデヤ15節)
昨日は、聖書を学ぶ会でオバデヤ書を一緒に読みました。オバデヤ書は、聖書の中で最も短くわずか21節しかありません。内容は、エドムに対する裁きと、イスラエルの回復です。エドムが裁きを受けた理由は、兄弟であり、神の民であるイスラエルに対してひどい仕打ちをしたからです。まさに、冒頭のみことばがそのまま彼らのうちに起きたのです。エドムはエルサレムの滅亡を他人ごとのように傍観者のように眺め、加害者の味方をして自分の安全を計ろうとしました。それと同じ目に彼ら自身があうのです。
「自分がしたように、自分もされる」というのは、現実の生活の中でもしばしば見られるものです。人を裏切る人は、人から裏切られます。人をいじめる人は、いじめられます。罵声を浴びせる人は、罵声を浴びます。人を非難する人は、人から非難されます。あなたの報いは、あなたの頭上に返るのです。なぜなら、それらすべてを神が支配しておられるからです。神は、ちゃんと一人ひとりの行いを見ておられて、必ず報いられるのです。
でも、イスラエルには、この原則が当てはまらないのです。彼らは行いではなく、恵みのゆえに救われ、回復するのです。自分の報いを自分で受けるのではなく、主イエスが代わりに受けてくださる。これこそが恵みなのです。この恵みの中にあることを心から感謝しましょう。



